プロレタリアン
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先日ショウペンハウエルっていう
ドイツの哲学者を知る機会があって、
興味があったので一冊買ってみました。
その名もズバリ『読書について』。
「1日を多読に費やす勤勉な人間は
次第に自分でものを考える力を失っていく」
という事を大きく謳った本。
今でこそよく聞く言説ですが、150年以上前の著書なのに
多読に対する真理とも言える警鐘を既に鳴らしてるのに驚いた。
併せて、「ドイツ版ジャポニカロゴス」というか、
最近の若者や三文文筆家は…と、自国の文体の乱れに対する
愚痴も延々綴られてた。どこの国もあんま大差ないみたいですね。
半ば諦めも含めつつ、文筆家より読者側に頭の良さや判断力を
委ねる姿勢は、昨今のTV番組へのリテラシー喚起にも
通じるところがあってオモロ。
真の優れた思想家の書く文章は
簡潔明瞭で無駄がなく、誰が読んでも判る
作りになっているそうです。
変に文章をこねくり回したりしない。
そして真の優れた読書家は、
咀嚼能力がハンパないやつの事を指すそう。
つまり、一を知るだけできっちり現実に即した応用が
できるやつって事。
それで考えたら、書き手として僕の文面は破綻に近いよ…(笑)
コラムニストも視野に入れた音楽活動を画策してる僕にとっては、
(何を目指してるんだ)致命的な弱点です。
まあ駄文があるからこそ名文も存在する、と最近は開き直ってますが。
読み終わって率直に思ったのは、たぶんこの人は
せっかく自分の力で思索して導き出した考えの萌芽も
どこかの濫作家による文章を読む事でかえって幅を狭めてしまい、
ただの受け売りになってしまうことを危惧してるんかなーって思った。
確かに意見が誰かに言わされてるかのように棒読みな人いますもんね。
作曲に関しても、模倣や勉強で得るものも大きいですが、
訳のわからないまま初期衝動でやったものにエネルギーを感じるのも
また事実です。こういう気持ち忘れたくないですね。
ちなみにこの本を読んでいろいろ考えたのもつかの間
町田康とか買っちゃう僕は反省の色無しですか?
ちなみに今朝方ウォーキングしてたら
長居公園は大阪国際マラソンの準備で忙しそうでした。
来年当たりハーフマラソンとか参加してみようかな、とか
らしくないこと考えてしまった。
今日はこんなところで。
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